大判例

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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)437号 判決

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるゴルフクラブ九本(平成元年押第一二四一号の一)及び腕時計一個(同号の二)を没収する。

被告人から金一三四万六八一九円を追徴する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(認定事実)

第一  被告人の経歴

被告人は、東北大学に在学中であった昭和三〇年一〇月六級職国家公務員採用試験(心理)に合格し、昭和三一年三月同大学文学部を卒業後、同年四月労働省に入省して労働事務官となり、その後、同省職業安定局業務指導課中央職業指導官、同課長補佐、労働大臣官房参事官、滋賀県労働基準局長等を経て、昭和五七年七月八日同省職業安定局業務指導課長に、昭和六〇年四月一日同省労働研修所長にそれぞれ就任し、昭和六一年六月二四日退官した。

被告人は、退官後、同年七月から昭和六三年六月まで財団法人高年齢者雇用開発協会監事として勤務し、同年七月社団法人全国民営職業紹介事業協会専務理事に就任したが、平成元年一月二〇日退職して現在に至っている。

第二  被告人の労働省職業安定局業務指導課長としての職務権限

被告人は、前記のとおり、昭和五七年七月八日から昭和六〇年三月三一日までの間、労働省職業安定局業務指導課長の職にあったものであるが、その当時の労働省職業安定局(以下、「職安局」ともいう。)は、業務指導課、雇用政策課外一部三課一室で組織され、〈1〉職業の紹介及び指導その他労務需給の調整に関すること、〈2〉労働者供給事業の禁止及び労働者の募集に関すること、〈3〉職業安定法等の法律の施行に関すること、〈4〉その他雇用に関する事務で他の所掌に属しないもの等の事務を所掌し、そのうち業務指導課は、〈1〉職業紹介に関すること、〈2〉労働者供給事業及び労働者の募集に関すること、〈3〉労働者の雇用に関する事項について事業主等に対して行う必要な助言その他の措置に関すること(他の所掌事務に属するものを除く)等の事務を所掌しており、右労働者の募集に関する事務の一環として、就職情報誌の発行に関する届出制等の法規制の検討、これに関する職業安定法(以下、「職安法」ともいう。)改正原案の作成、就職情報誌発行会社に対する各種行政指導等の事務を所掌し、被告人は、業務指導課長として、右就職情報誌の発行に関する法規制の検討等の右各事務全般を統括、管理する権限を有していたものである。

第三  本件の前提ないし背景となる事実

一  株式会社リクルートの概要

株式会社リクルート(昭和五九年四月一日以前の商号は株式会社日本リクルートセンターであるが、以下、右商号変更の前後を通じ、「リクルート」という。)は、Aが設立し、代表取締役社長としてその経営に当たってきた会社であるが、(同人は、昭和六三年一月代表取締役会長に就任した後、同年七月これを辞任し、同年一二月には取締役をも辞任している。)、その事業内容は、民間企業から掲載料を得て、大学等卒業予定者向けの求人広告等を掲載する就職情報誌等の各種情報誌の発行、配本等の広告事業、出版事業等であり、中でも就職情報誌発行事業は同社の基幹事業である。なお、本件に関係する主要なリクルートの関連会社に株式会社リクルート情報出版(昭和五九年四月一日以前の商号は株式会社就職情報センターであるが、以下、右商号変更の前後を通じ、「リクルート情報出版」という。)があり、同社は、民間企業から掲載料を得て、女性や中途採用希望者向けの求人広告等を掲載する就職情報誌の発行、販売を行う広告代理事業、出版事業等を営み、なお、その代表取締役社長には前記Aが就任していたが、昭和六一年一〇月二四日リクルートに吸収合併された。

二  労働省における就職情報誌の発行に関する法規制の検討及びこれに対するリクルートの対応

1 労働省における就職情報誌の発行に関する法規制検討の開始

(一) 昭和五八年七月労働省職安局長に就任したBは、労働者派遣事業を制度化するため、いわゆる労働者派遣事業法の制定とともに、労働者供給事業を原則的に禁止している職安法の改正を企図し、その改正作業の一環として、かねて虚偽広告、誇大広告等が問題とされていた就職情報誌の発行に関する法規制の検討を含めた職安法全体の見直しを図ることとし、就任直後ころ、被告人らの出席した局内会議において、昭和五九年の通常国会上程を目途に、労働者派遣事業法の制定については職安局雇用政策課が、職安法全体の見直しについては被告人が統括する業務指導課が、それぞれ検討作業を行うことを決定した。

被告人は、右の決定を受けて、昭和五八年九月ころから、部下職員を指揮しながら、職安法改正作業の一環として就職情報誌の発行に関する事前届出制等の法規制の検討を開始し、課内協議を重ねて、昭和五九年一月一〇日ころ、業務指導課において、右検討作業を進めるための叩き台として、職業安定法の一部を改正する法律案大綱(以下、「大綱」という。)をまとめたが、右大綱は、就職情報誌に関する規制として、〈1〉労働者募集のための広告等の発行者等に対する適正広告提供義務を定めた倫理規定を設けること、〈2〉就職情報誌の発行等を行おうとする者に事前の届出を義務づけること、〈3〉右届出を行った者について報告義務を課し、またその事業所を立入検査し、業務を停止させることができることとすること、〈4〉右〈1〉の者が、募集内容が法令等に反することを知りながら広告等の提供を行った場合についての罰則を設けることの各内容を含んでいた。

なお、労働省では、同年二月ころ、労働者派遣事業法案及び職安法改正法案を同年の通常国会に提出することが日程上困難となったが、昭和六〇年の通常国会に提出することを目途に引き続き両法案の検討を行っていた。

(二) 被告人は、昭和五八年一二月中旬ころ、労働省で就職情報誌の発行に関する法規制を検討している旨の情報を提供して右法規制に対する業界大手のリクルートの反応を確かめようと考え、リクルートにおいて、同社の専務取締役C、社長室長D、事業部長Eに対し、労働省で就職情報誌の発行に関する法規制を検討している旨を伝え、さらに、昭和五九年一月二六日ころ、リクルートなど一三社位が加盟する新規学卒者向け就職情報誌業界の団体である日本就職情報出版懇話会(以下、「出版懇話会」という。)の会合に出席し、労働省で就職情報誌の発行に関する届出制等の法規制の検討をしている旨を明らかにした。また、被告人は、同年二月初旬ころ、右C、Eらと会食した際、右職安法改正に関する検討作業の状況について種々情報を提供するとともに、就職情報誌については届出制とするが、立入検査ははずしてもよいとか、罰則規定もリクルートに実害が及ばないよう無届業者を対象にするようにしてもよいなどとも話した。

(三) ところで、右のとおり、被告人から労働省において就職情報誌の発行に関する法規制を検討している旨を聞知し、さらに右大綱の内容等をも知るに至ったAらリクルートの幹部は、就職情報誌の発行について法規制を受けることになれば、これまでいわゆる「すき間産業」として労働省を含む行政庁の格別の監督、介入を受けることなく、自由に求人広告を掲載して掲載料の増収を図ってきたリクルート及びその関連会社の就職情報誌発行事業に多大な支障を来すおそれがあるとして、強い危機感を抱き、同年一月二七日ころ、リクルートの取締役会において、右法規制阻止のため、職務上法規制検討作業を担当する被告人を含む労働省幹部に対し、饗応接待等を含む種々の方法で頻繁に接触を持ち、それらの機会を通じて法規制に関する情報収集を行い、法規制反対の働きかけをするとともに、関係各方面にも同様の働きかけを行い、また、業界の自主規制措置により法規制の契機を解消すべく、業界の団体を結成して広告審査機構を作り、かつ業界の自主的な広告審査基準の作定を図ることなどを取り決め、これを実行するため、リクルートの事業部を中心とするプロジェクトチームを結成し、そのメンバーにリクルートから、広告事業本部長(取締役)F、D、E、事業部次長G、同部付課長H(同人は、昭和五九年四月一日Iと同部付課長を交代。)らが参加し、リクルート情報出版から同社専務取締役Jらが加わった。

(四) こうして、右プロジェクトチームのF、J、Eらは、被告人が業務指導課長として就職情報誌の発行に関する法規制の検討等の事務全般を統括、管理する権限を有していることを知りながら、後記罪となるべき事実(第四)別表番号一及び二記載のとおり、同年四月初旬ころ「クラブ○○○」等において、前記1(二)のとおり就職情報誌の発行に関する法規制についての情報を提供してもらうなど種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼及び今後労働省が右法規制を見送り、被告人らから業界の自主規制に向けての行政指導をしてもらうなど種々好意的な取り計らいを受けたい趣旨で被告人に対して飲食接待を行った。

2 リクルートトラブル一一〇番運動、就職情報誌の虚偽、誇大広告問題に関する衆議院社会労働委員会での質疑状況及び同委員会における付帯決議

(一) 同年二月ころから、全国一般東京一般労連が、リクルート等の発行する就職情報誌の労働者募集の誇大広告、虚偽広告による就職後のトラブルが増大しているとして、「リクルートトラブル一一〇番」という名称で、その苦情の受付、処理を始め、さらに、同年三月、就職情報誌に対する指導強化を求める労働大臣宛ての申入書を提出し、日本労働組合総評議会も労働大臣に対して同様の申し入れをなしたが、その後右東京一般労連が本格的に右運動を展開する中で、マスコミもこれを取り上げるようになった。

このような状況の中で、同年四月一七日の衆議院社会労働委員会において、日本社会党の委員が、リクルート情報出版が発行している女性向け就職情報誌に掲載された広告が虚偽であったとの事例を問題として取上げ、また、同年五月八日の同委員会でも同党の委員が、やはり就職情報誌の問題を取上げて、いずれも所管局長であるBに対し就職情報誌に対して適切な行政指導を求める趣旨の質問をした。これに対し、Bは、就職情報誌業界に対して自主的な広告掲載基準の確立などの行政指導を行っているとの趣旨の答弁をするにとどまったが、その後、同月一五日の同委員会において、雇用保険法の改正法律案の可決に際し、「就職情報誌等の増加に伴う諸問題に対応するため必要な指導を強めること」等の付帯決議がなされるに至った。

(二) 右のような状況下において、リクルートの幹部は、リクルート一一〇番運動に対する対策を講じるとともに、右の付帯決議がなされたことから、労働省は就職情報誌の発行に関する法規制を行うのではないかとの危機感を強め、F、C、Dが、同月一八日ころ、パレスホテルでBと会い、労働省の対応を尋ねたりしたが、その際、Bからは業界の自主規制が重要だなどと告げられたものの、法規制がなされるのではないかとの危機感を捨て切れずにいた。

そこで、同月下旬ころ、先に法規制阻止を図る目的でリクルート情報出版が中心となって結成した中途採用者向けの就職情報誌業界の団体である全国求人誌出版協議会が、「職安法一部改正による就職情報誌の法規制は、言論・出版の自由に反するので、規制には反対する。」旨の要望書を被告人に提出した。

(三) 被告人は、右の要望書の提出があったことをBに報告したところ、同人から、業界の反対に対して労働省としても十分理論武装しておけなどと、法規制に関する理論的根拠を検討しておくようにとの趣旨の指示を受けたので、就職情報誌に掲載された求人広告の誇大広告等による被害申告件数の実態を把握するため、東京労働基準局等に対してその調査方を依頼した。

(四) 右のような状況下において、前記のプロジェクトチームのF、J、Eらは、後記罪となるべき事実(第四)別表番号三ないし八記載のとおり、前記(1(四))の趣旨のもとに、同年四月二二日ころから同年六月一三日ころまでの間、「××カントリークラブ」等において、被告人に対してゴルフや飲食の接待等を行い、また、同月一一日ころ、被告人が部下を伴って「カラオケ・バー△△」において代金後払いの約定で飲食した代金を有限会社△△名義の口座に振り込むなどした。

3 労働省による就職情報誌業界に対する自主規制に向けての行政指導

(一) 被告人ら業務指導課員は、法規制の検討をする一方で、前記2(一)のBの国会答弁をも踏まえ、同人の了承を得て、就職情報誌発行会社による同業界全体の広告掲載基準及びその実施機構作りなどの自主規制に向けての行政指導を行うこととし、同年六月中旬ころから、中途採用者等向けの就職情報誌業界内で、以前から対立、反目していた業界大手のリクルート情報出版のJ及び株式会社学生援護会(以下、「学生援護会」という。)の常務取締役Kと話合った上、先に労働省の主導の下にリクルート及び学生援護会など就職情報誌業界等の支援を得て設立した財団法人雇用情報センターを事務局として、「求人広告研究会」を作り、同研究会において、数回にわたり、従来特に問題の多かった中途採用者等向けの就職情報誌業界全体の広告掲載基準の作成等について種々行政指導を行ったが、右の求人広告研究会における広告掲載基準の内容の具体的検討に際し、その内容をめぐって右JとKが激しく対立し合うなど右掲載基準作りは前途多難の状況であった。

右の間にも、同年七月六日、参議院社会労働委員会においても、雇用保険法改正法律案の可決に際し、「就職情報誌等に対する指導を強める。」旨の内容が盛り込まれた付帯決議がなされたり、同年八月三日ころ、日本社会党政策審議会、同党労働部会が労働大臣に対し、トラブルの多い就職情報誌に対し、行政指導を強め、立法措置を検討することを求める旨の内容を含む申入書を提出して来たりした。

(二) 右のような状況であったため、リクルートを中心とする出版懇話会は同月八日ころ、職安局長宛ての「就職情報誌発行に関する法規制は、言論・出版の自由に反するので反対する。」旨の要望書を被告人に提出し、被告人はこれをBに報告した。

(三) 業務指導課においては、同年六月下旬ころから、右の行政指導を行うようになったこと及びリクルートなどの就職情報誌業界が法規制に強く反対し自主規制を望んでいることなどから、法規制について次第に消極的な方向で検討し始めていたところ、被告人は、リクルートが就職情報誌業界全体の自主規制をするため学生援護会との関係修復を望んでいることなどを踏まえ、かつ、労働省の就職情報誌業界に対する自主規制の行政指導を効果的に行うためにも、右両社の関係を修復して、前記(一)の求人広告研究会における検討作業を促進させる必要があると考え、同年八月下旬ころ、Bに対して、「リクルートと学生援護会の仲が悪いままだと業界が一つにまとまって、全体的な自主規制案作りができるかどうか分からない。業界全体としての広告掲載基準作りやその実施機構作りに努力するよう、リクルートのA社長と学生援護会のL社長の仲をとりもって欲しい。」旨進言し、その結果、同月三〇日ころ、都内の料亭において、B、A、及び学生援護会代表取締役Lの三者会談が開かれ、Bが、A及びLに対し、両社が仲直りをし業界が一体となって広告掲載基準及びその実施機構作りをするよう自主規制の指導をしたことから、その場で、A及びLの間に、両社が協力して業界全体の自主的な広告掲載基準及び自主規制の実施機構を作る旨の基本的な合意が成立し、これによって、自主規制に向けての検討が順調に進められるところとなった。

(四) 右のような状況下において、前記のプロジェクトチームのF、J、Eらは、後記罪となるべき事実(第四)別表番号九ないし一八記載のとおり、同年六月二九日ころから同年九月一二日ころまでの間「バー○○」等において、前記(1(二)、3(一)及び3(三))のとおり、法規制に関する情報を提供してもらったこと及び就職情報誌業界の自主規制に向けての行政指導をしてもらうなど種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼並びに今後労働省が法規制を見送り、引き続き被告人らから右同様の行政指導をしてもらうなど種々好意的な取り計らいを受けたい趣旨で被告人に対してゴルフや飲食の接待等を行ったほか、ゴルフクラブを供与した。

4 労働省が就職情報誌の発行に関する法規制を見送った状況

(一) 同年九月ころには、労働省内部においても、被告人ら業務指導課員による行政指導に基づく業界全体の自主規制が順調に進むのであれば、業界が強く反対している法規制は見送ってもよいのではないかとの空気が強くなり、同年一〇月四日ころ、職安局において、労働者派遣事業法の法案内容及び職安法改正法案の内容についての最終的な方針を決定する局内会議が開催され、就職情報誌の発行に関する法規制を職安法改正法案に盛り込むか否かが討議された際、被告人は、「届出制等の法規制については情報誌業界の反対が強く、色々検討を重ねてきたが、業界の自主規制の動きが進んでいるので、当面は法規制を見合わせ、自主規制に任せた方がいいと思う。」旨述べ、Bもこれを了承し、当面、職安法改正の中に就職情報誌の発行に関する法規制は一切盛り込まず、自主規制で行く旨の職安局の方針が決定され、そのころB及び被告人らからその旨の報告を受けた労働事務次官Mもこれを了承した。

(二) 被告人は、同年一一月一七日ころ、Eらに対し、就職情報誌の発行に関する法規制を今回の職安法改正法案に盛り込まない旨を伝え、さらに、同月二七日ころ、出版懇話会の席上、「今回の職安法改正には情報誌の法規制は含まない。業界の自主規制に期待する。」旨労働省の方針を明らかにした。

(三) このような状況の中で、新規学卒者向けの就職情報誌業界は、同月二〇日ころ、出版懇話会において広告掲載基準を作成し、他方、中途採用者等向けの就職情報誌業界は、同年一〇月二三日ころ、前記求人広告研究会において求人広告倫理網領及び広告掲載基準の各内容につき意見を統一した後、昭和六〇年二月二七日、自主規制の実施団体として社団法人全国求人情報誌協会の設立が許可され、同協会において求人広告倫理網領及び広告掲載基準を作成、実施する等の自主規制を行う体制を整えることとなった。

(四) 右のような状況の中で、

(1) 前記のプロジェクトチームのC、Eらは、後記罪となるべき事実(第四)別表番号一九ないし二三記載のとおり、昭和五九年九月二八日ころから同年一一月一三日ころまでの間、「クラブ×××」等において、前記(3(四))趣旨で被告人に対して飲食や一泊二日ゴルフ招待旅行等の接待を行い、

(2) 前記プロジェクトチームのF、J、Eらは、後記罪となるべき事実(第四)別表番号二四ないし三三記載のとおり、同年一一月二二日ころから昭和六〇年三月四日ころまでの間、「△△△ゴルフ倶楽部」等において、前記(1(二)、3(一)、3(三)、4(一)及び4(二))のとおり、労働省が就職情報誌の発行に関する法規制を見送るに当たり、被告人から種々情報を提供してもらったり就職情報誌業界の自主規制に向けての行政指導をしてもらうなど、リクルート及び関連会社が種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨で被告人に対して飲食やゴルフの接待等を行った。

5 職安法改正法の成立と施行

(一) こうして作成された職安法改正法案は、就職情報誌の発行に関する規制は盛り込まれずに、昭和六〇年三月一九日に政府提出法案として国会に提出され、国会において修正されることなく、衆議院本会議及び参議院本会議でいずれも可決されて成立し、同年七月五日に公布され、昭和六一年七月一日から施行された。

(二) 右の間、被告人は昭和六〇年四月一日労働省労働研修所長に就任した。

(三) 右のような状況の中で、前記のプロジェクトチームのF、Eらは、後記罪となるべき事実(第四)別表番号三四ないし四一記載のとおり、同年四月三日ころから昭和六一年五月四日ころまでの間、腕時計を供与したほか、「○○○○ゴルフクラブ」等において、前記(4(四)(2))趣旨で被告人に対して飲食やゴルフの接待等を行った。

第四  罪となるべき事実

被告人は、前記(第一及び第二)のとおり、労働事務官であり、昭和五七年七月八日から昭和六〇年三月三一日までの間、労働省職業安定局業務指導課長として、職業の紹介、労働者供給事業及び労働者の募集等に関する同課の事務全般を統括、管理する職務に従事し、その後、同年四月一日から昭和六一年六月二四日までの間、労働省労働研修所長の職にあったものであるが、就職情報誌の制作、販売等の事業を営む株式会社リクルートの取締役Fらが、前記(第三の二1(四)、第三の二2(四)、第三の二3(四)、第三の二4(四)及び第三の二5(三))のとおり、職業安定法の改正に伴う就職情報誌の発行に関する法規制の検討及び行政指導等に関して種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに接待等しているものであることを知りながら、別表記載のとおり、昭和五九年四月三日ころから昭和六一年五月四日ころまでの間、前後四一回にわたり、東京都港区〈住所省略〉「クラブ○○○」等において、代金合計一五一万一八一九円相当の遊興飲食、ゴルフ招待旅行等の接待等、ゴルフクラブ等の供与を受け、もって、それぞれ自己の労働省職業安定局業務指導課長としての前記職務に関して賄賂を収受したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、別表記載の饗応接待等の事実のうち、別表番号九記載の「バー○○」における飲食接待、別表番号一九、二〇、二一及び二六記載の「クラブ×××」における各飲食接待、別表番号二五記載の「スナック△△△△」における飲食接待、別表番号三六及び四〇記載の「クラブ甲」における各飲食接待については、いずれも被告人は接待を受けていない旨主張し、別表番号二八記載の有限会社△△名義の口座への飲食代金の振込送金による支払いについてはその金額を争い、また、被告人が労働省労働研修所長に就任した後の別表番号四〇及び四一記載の「春」及び「○○○○ゴルフクラブ」等における飲食、ゴルフ接待については、被告人に賄賂の認識がなかった旨主張し、被告人も公判廷において右各主張にそう趣旨の供述をしているので、以下検討する。

二  別表番号九、一九、二〇、二一、二五、二六、三六、及び四〇記載の各飲食接待について

1  前掲関係各証拠によれば、リクルート事業部では、同部関係の接待のために飲食店において代金後払いの約定で飲食した場合、後に飲食代金の請求書が事業部に送られてくると、担当社員が、接待を行った社員に確認した上、経理部宛ての「支払依頼書」を作成してその経理処理に当たっていたこと、右の「支払依頼書」には接待を行った日時、場所はもちろんのこと、接待の相手方及び接待を行った社員名等を正確に記載することが義務付けられていたこと、被告人を接待したE、Iらは、担当社員に「支払依頼書」を作成させる際、接待の相手方等を、その時の記憶に基づいて誠実に、右担当社員に伝えていたこと、E、Iらが「支払依頼書」にあえて虚偽の事実を記載しなければならない事情は認められないことなどの各事実が認められ、右各事実に鑑みると、「支払依頼書」の記載は正確なものとして、その信用性は極めて高いと認められる。しかるところ、前記八回の飲食接待については、いずれも事業部の担当社員の作成にかかる右「支払依頼書」によって経理処理がなされ、またその各「支払依頼書」にはすべて被接待者の趣旨で被告人の名が記載されていることが明らかであり、従って、先に検討したところや、右「支払依頼書」における被接待者の記載の重要性にも照らし、右各「支払依頼書」の記載は、被告人が右八回の飲食接待を現に受けたとの事実を認めるについて、極めて有力な根拠となることが明らかである。

そこで、以下、右の点を前提として、右各接待の事実について、さらに個別的に検討することとする。

2  別表番号九記載の「バー○○」における飲食接待について

弁護人は、別表番号九記載の時期ころには、被告人は接待者の一人とされるN(財団法人雇用情報センターに出向していたリクルート社員)と酒席を共にするような関係にはまだなっていなかったことなどを理由として、右の接待の事実は存在しない旨主張している。

しかしながら、被告人とNとの当時の関係に関する弁護人の右主張は、右Nの当公判廷における「被告人と飲食するようになったのは昭和五九年四月下旬ないし五月ころからである。」旨の証言に照らして理由のないことが明らかである上、被告人自身捜査段階において別表番号九記載のとおりNらから接待を受けたことを認めていること、前記1のとおり、別表番号九記載の事実に対応すると認められる「支払先○○」と記載された「支払依頼書」(被告人の検察官に対する平成元年二月二六日付け供述調書添付の資料六等)に接待の相手方の趣旨で被告人の名が記載されており、「支払依頼書」の記載は前記のとおり信用性が高いことなどに鑑みると、被告人が別表番号九記載のとおりの飲食接待を受けたことは優に認められるところであり、この点を争う弁護人の右主張は理由がない。

3  別表番号一九、二〇、二一、及び二六記載の「クラブ×××」における各飲食接待について

弁護人は、「クラブ×××」における右四回の飲食接待について、被告人が公判廷において、「×××で短期間に頻繁に接待を受けたのなら店の名前を覚えているはずであるのに、×××という店を覚えていないのは同店に行っていないからである。」旨述べていること、さらに、阿部が別表番号二〇及び二一記載の同店における飲食について実際に同店で飲食した人数とは異なる人数を「支払依頼書」に記載させていることなどから、同人が「支払依頼書」に事実とは異なる記載をさせている可能性があることなどを理由として、右「クラブ×××」における四回の飲食接待の事実は存在しない旨主張している。

しかしながら、前記1のとおり、別表番号一九、二〇、二一及び二六記載の各事実に対応すると認められる「支払先(株)×××企画」と記載された各「支払依頼書」(被告人の検察官に対する平成元年二月二六日付け供述調書添付の資料一一、一二、一三、及び一六等)には、いずれも接待の相手方の趣旨で被告人の名が記載されているところ、その記載の信用性が高いと認められることは既に検討したとおりである。

もっとも、前掲関係各証拠によれば、そのうち、弁護人が指摘する別表番号二〇及び二一記載の各事実に対応すると認められる各「支払依頼書」(被告人の検察官に対する右供述調書添付の資料一二及び一三等)に、弁護人指摘のとおり、実際に同店で飲食した人数とは異なる人数の記載がなされていることは、これを認めることができる。

しかしながら、Eの公判廷における証言等によれば、別表番号二〇記載の同店における飲食接待は、Eが一人で被告人を接待したものであるところ、Eは、当日同店に行く前に「バー××」でもほか三名のリクルート社員と共に被告人に対して飲食接待を行っており、後日右「クラブ×××」から請求書が送られてきた際、「支払依頼書」の作成事務を行っていたリクルート事業部員Oに右の関係が正確に伝達されなかったため、「バー××」で接待を行った社員全員がそのまま次の「クラブ×××」における飲食接待をも行ったという内容の「支払依頼書」の記載となったことが認められ、また、別表番号二一記載の同店における飲食接待については、当日前記Nが労働省に立ち寄って被告人を誘い出してきたということがあったことから、Eが、Nは途中で帰ってしまい同店に行っていないにも拘らず、思い違いをして、右Oに、接待を行った社員の中にNも入っていたと伝達したために、本来の接待者であるE及びP(リクルート事業部付課長代理)のほか、Nも接待に加わっていたとの趣旨の誤った記載が「支払依頼書」になされることになったことが認められ、いずれの記載についても、Eがことさら実際に同店で飲食した人数と異なる人数を「支払依頼書」に記載させたものとは認められない上、先に説示した諸点にも照らし、右の各「支払依頼書」に前記認定の程度の誤った記載のあることは、「支払依頼書」の記載、ことに被告人を接待したとの記載の正確性に対する前記のとおりの評価に何らの影響を与えるものではないと認められる。

右のとおり、別表番号一九、二〇、二一及び二六記載の各事実に対応すると認められる各「支払依頼書」の記載の信用性が高いことに加え、被告人自身捜査段階において右の「クラブ×××」における四回の飲食接待を受けたことを認めていることなどにも鑑みると、被告人が別表番号一九、二〇、二一及び二六記載のとおりの各飲食接待を受けたことは優に認められるところであって、弁護人の右主張は理由がない。

なお、付言すると、被告人は、前記のとおり、当公判廷において、右各接待を受けたことを否定する根拠として、「クラブ×××」の名に記憶がないことを強調する供述をしているが、右各接待時の状況等に照らすと、被告人に同店の名の記憶が残っていないとしても、格別異とするには足りないというべきであり、また、その他、被告人が右接待を否定する根拠として供述するところを逐一検討しても、いずれも、右接待の事実を認定するについて何ら疑いを生じさせるには足りないと認められる。

4  別表番号二五記載の「スナック・△△△△」における飲食接待について

弁護人は、右の「スナック・△△△△」における飲食接待について、被告人が公判廷において、「△△△△という店は珍しい名前であるのに覚えていないのは同店に行っていないからである。」旨述べていることなどを理由として、右「スナック・△△△△」における飲食接待の事実は存在しない旨主張している。

しかしながら、前記1のとおり、別表番号二五記載の事実に対応すると認められる「支払先 △△△△」と記載された「支払依頼書」(被告人の検察官に対する平成元年二月二六日付け供述調書添付の資料一五等)にも接待の相手方の趣旨で被告人の名が記載されており、「支払依頼書」の記載は信用性が高いと認められること、被告人自身、捜査段階において、同店で飲食接待を受けたことを認める旨の供述をしていることなどに鑑みると、被告人が別表番号二五記載のとおりの飲食接待を受けたことは優に認められるところであり、弁護人の右主張は理由がない(店名に記憶がないこと等、右接待を否定する根拠として被告人が公判廷で供述しているところは、いずれも、右接待の事実を認定するについて、何ら疑いを生じさせるに足りない。)。

5  別表番号三六及び四〇記載の「クラブ甲」における各飲食接待について

(一) 別表番号三六記載の「クラブ甲」における飲食接待について

弁護人は、右の「クラブ甲」における飲食接待について、被告人が公判廷において、「当日は別の飲食店乙で一次会があったが、私はそこに出席していたQ(業務指導課長補佐)と一緒に帰宅したと思う。当時私はQと帰りも行動を共にしていたから、Qを置いて自分だけ二次会の甲に行ったとは考えられない。」などと述べていることなどを理由として、右「クラブ甲」における飲食接待の事実は存在しない旨主張している。

しかしながら、前記1のとおり、別表番号三六記載の事実に対応すると認められる「支払先 クラブ甲」と記載された「支払依頼書」(被告人の検察官に対する平成元年二月二六日付け供述調書添付の資料二一等)にも、接待の相手方の趣旨で被告人の名が記載されており(なお、Qの名の記載はない。)、「支払依頼書」の記載は信用性が高いと認められること、被告人自身、捜査段階において、「乙」でQらと共に接待を受けた後、さらに自分一人が「クラブ甲」で飲食接待を受けたことを認める旨の供述をしていることなどに鑑みると、被告人が別表番号三六記載のとおりの飲食接待を受けたことは優に認められるところであり、弁護人の右主張は理由がない。

(二) 別表番号四〇記載の「クラブ甲」における飲食接待について

弁護人は、右の「クラブ甲」における飲食接待について、被告人が公判廷において、「当日、私は後任の業務指導課長であるRと共にD、Iから春で接待されたのだが、その後、Iが、新旧課長のうちの一方のみをクラブ甲に誘うことは常識上考えられない。」旨述べていることなどを理由として、右「クラブ甲」における飲食接待の事実は存在しない旨主張している。

しかしながら、当日、「クラブ甲」での飲食接待の前に、「春」で被告人及び右Rに対する飲食接待を行ったDは、検察官に対し、「春における一次会の後、Iが被告人をクラブ甲に誘い、自分はRをタクシーで送った。」旨を述べていること(同人の検察官に対する平成元年三月六日付け供述調書(謄本))に照らすまでもなく、「春」での飲食の後、被告人とRとが別行動を取って、Iが新旧課長のうち被告人のみを「クラブ甲」に誘うことが格別不自然でないことはいうまでもない上、前記1のとおり、別表番号四〇記載の事実に対応すると認められる「支払先 クラブ甲」と記載された「支払依頼書」(被告人の検察官に対する平成元年二月二六日付け供述調書添付の資料二三等)にも接待の相手方の趣旨で被告人の名が記載されており、「支払依頼書」の記載は信用性が高いと認められること、被告人自身、捜査段階において、同店で飲食接待を受けたことを認める旨の供述をしていることなどに鑑みると、被告人が別表番号四〇記載のとおりの飲食接待を受けたことは優に認められるところであり、弁護人の右主張は理由がない。

三  別表番号二八記載の金額について

弁護人は、別表番号二八記載の有限会社△△名義口座への飲食代金の振込送金による支払金額のうち、カラオケバー△△における昭和五九年九月二八日ころの飲食代金一万九四八五円から、リクルートの社員であるNの飲食代金分は差し引くべきである旨主張している。

しかしながら、前掲関係各証拠によれば、Nは被告人が同店に誘って飲食したものであり、被告人は、自己の部下の飲食代金の外Nの飲食代金も自己が負担する意思で同人らを同店に誘ったものであることが認められる。そして、関係証拠によれば、当日の被告人及びその一行に属する部下職員並びにNの同店における飲食の代金は一万九四八五円であったことが明らかであり、従って、被告人は、別表番号二八記載のとおりの振込送金をしてもらうことにより、右の飲食代金全額について、その支払いを免れる利益を受けたものと認められるから、弁護人の右主張は理由がない。

四  別表番号四〇及び四一記載の飲食及びゴルフ接待における賄賂の認識について

弁護人は、被告人が労働研修所長に就任した昭和六〇年四月一日以降の受饗応の事実のうち、別表番号四〇及び四一記載の飲食及びゴルフ接待について、被告人が業務指導課長の職を離れて相当期間が経過しているので被告人には賄賂の認識がなかった旨主張している。

しかしながら、右各接待を行ったD、I及び被告人と共に右各接待を受けたRは、いずれも右各接待の趣旨につき、労働省が就職情報誌の発行に関する法規制を見送り、被告人らから就職情報誌業界の自主規制に向けての行政指導をしてもらうなどリクルート及びその関連会社が種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼の趣旨であったことを明確に認めていること(D(平成元年三月六日付け)、I(同年二月二七日付け(五項及び九項を除く))及びR(同年三月二日付け)の検察官に対する各供述調書(いずれも謄本))、右各接待は、被告人が業務指導課を離れた後約七か月ないし一年一か月後になされたものであるが、前記認定のとおりの就職情報誌に対する法規制問題の一連の経緯にも照らすに、Dらが被告人に対する右各接待の趣旨として供述するところは、極めて自然なものとして十分首肯するに足り、またDらが特に被告人を接待する理由が他にもあったとはうかがわれないこと、被告人自身、捜査段階において、右のような謝礼の趣旨で右各接待が行われていることを知りながら右各接待を受けたことを認めていることなどに鑑みると、被告人が右のような謝礼の趣旨で接待されていることを認識しながら右各接待を受けていたことは優に認定しうるところであって、弁護人の右主張は理由がない。

五  以上から、弁護人の主張はいずれも理由がなく採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示認定事実第四の各所為は包括して刑法一九七条一項前段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、押収してあるゴルフクラブ九本(平成元年押第一二四一号の一)は、被告人が判示認定事実第四の別表番号一七記載の犯行により収受した賄賂であり、押収してある腕時計一個(同号の二)は、被告人が判示認定事実第四の別表番号三四記載の犯行により収受した賄賂であるから、同法一九七条の五前段によりこれらをいずれも被告人から没収し、被告人が判示認定事実第四の別表番号一ないし一六、一八ないし三三及び三五ないし四一記載の各犯行により収受した賄賂はいずれも没収することができないので、同法一九七条の五後段によりその価格合計金一三四万六八一九円を被告人から追徴し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり、労働省職業安定局業務指導課長の職にあった被告人が、当時、職業安定法の改正に伴う就職情報誌の発行に関する法規制の検討作業を進めていた際、就職情報誌の発行事業等を営むリクルートの幹部らが右法規制の検討及び行政指導等に関して種々便宜な取り計らいを受けたことの謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに接待等しているものであることを知りながら、約二年間に前後四一回にわたり、代金合計約一五一万円相当の遊興飲食、ゴルフ招待旅行等の接待、ゴルフクラブ等の供与などを受けて賄賂を収受したという事案であるところ、被告人は、判示のとおり、右の法規制の検討作業の際、専らリクルートの利益を図るために行ったとは認められないものの、右法規制に関する情報の提供、法規制に代わる就職情報誌業界の自主規制に向けての行政指導、右の法規制の見送りなどのリクルートにとって便宜な取り計らいとなる行為を行い又はこれに関与しており、かつ、右の行為がリクルートの正に望んでいるところであり、リクルートにとって便宜な取り計らいとなっていることを十分知悉し、リクルートの幹部らがその謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたい趣旨のもとに行っていることを十分了解した上で、多数回にわたって接待等を受けていたのであるから、被告人の犯行は、国家の行政が個別企業の不正な働きかけによって左右されたのではないかとの不信を国民の間に広く醸成させたものといえ、さらに、被告人は、本件当時、職業安定局業務指導課長、労働研修所長の要職にあって、自ら労働者保護のため公正かつ廉潔にその職務を行い部下職員の模範となるべき立場にあったにも拘らず、職務に対する自覚を著しく欠き、リクルートと癒着して何らのためらいなく、多数回かつ多額の接待等を受けていたものであって、その姿勢は厳しく非難されなければならないことなどにも鑑みると、被告人の刑事責任は誠に重いといわなければならない。

しかしながら、他方、本件収賄の経緯は、判示のとおり、就職情報誌の発行に関する法規制に対して強い危機感を持ったリクルートが、社内にプロジェクトチームを作るなどして、被告人に対して積極的に接待攻勢をかけてきたことにあり、被告人が自ら求めてかかる接待等を受けたとは認められないこと、本件当時、被告人の上司を含む労働省幹部らの間では、不適切な接待にも安易に応ずるなど、この点に関する姿勢に概して厳しさを欠く面のあったことがうかがわれ、かかる事情が被告人が極めて安易に本件接待等を受ける一因をなしていたという面のあることも否定し難いと考えられること、本件は一連のリクルート疑惑事件の一角として発覚して以来、社会的にも注目され、被告人も社会的に非難を受け、すでに一定の社会的制裁を科されていると認められること、被告人は、前科前歴もなく、長く労働省に勤務し、その携わった職業安定行政における業績も少なくなく、社会的にも相応の貢献をしてきたと認められることなど、被告人のために酌むべき事情も存在する。

そこで、当裁判所は、以上の諸事情を総合考慮して、被告人を主文掲記の刑に処した上、その刑を猶予するのが相当であると判断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本昭徳 裁判官 木口信之 裁判官 手塚 明は、転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 松本昭徳)

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